Gsanのリハビリ(6)

あけて元旦。
リストアップした候補地の中で一番のお勧めは「安仁神社(あにじんじゃ)」だと、わたしは相方にプレゼンをした。

距離、社格もさることながら、方角がよかった。縁起的にじゃなくて、動線的に。
まず義母の墓参をしたあと、おばあさんの養老院へ年始の挨拶に行って、そのまま神社へ向けて出発。
心の中では一番に神様へ挨拶したかったが、そこは許してくださいまし。

墓参の作法は地方によりさまざまだろう。
相方の一族は地元の人ではないので作法を守らない。
わたしは毎度地元の習慣を伝えるが無視される。
逆にGsanの故郷の習慣なのか、地元ではタブーとして教わったことをするので複雑な気分になる。

たとえば、Gsanは花や線香、お菓子などを一番に身内に、おミサキさま(餓鬼仏)は後回しだが、地元では逆だ。というか、そもそもGsanの故郷は餓鬼仏を祀らないらしい。
またお菓子は自分たちが食べる分も持っていって、墓の前で食べ、余ったら家に持って帰るが、地元では墓地でものを食べたりしないし、余らせない。(余りは全部無縁仏に供える)
正誤の問題ではない。ところ変わればってやつだ。

一番違和感があるのは、墓石をバックに記念写真を撮影すること。
これはきっとGsanの趣味?

なんか怖いものが写り込みそうで嫌なんだが、この習慣を欠かさないはず・・・が。

Gsanは、身体が動かないので口でわたしたちを遠隔操作した後、供えるものを供えたら、写真もとらずに一足早く山を下り始めた。
駐車場の横にあるあずま屋で休んでいると思ったわたしたちは、一通りいつもの墓参の儀式をすませて、ゆるゆる引き返すことにしたのだが、途中でGsanが待っていたので驚いた。

もうあと数メートルで駐車場という一番下の坂道の(そこが一番傾斜が強い坂でもある)ちょうど半ば、車止めのチェーンの前でGsanは仁王立ちしていた。
そんなところに立ってるくらいなら、もう少し上の階段に腰掛けていればよさそうなものだが、坂道まで下ったところで動けなくなってしまったのだそうだ。

「はよぅ来て手を貸してくれ! もう死にそうじゃ」

なんとまぁ。よくぞ耐えていてくれた。転がり落ちなくてよかったよ。
コンクリート舗装の坂道で後頭部強打なんて、正月早々シャレにならない。

ていうか、電話で呼べば良かったのに。
ケータイはどうした?
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カテゴリ: Gさんのはなし

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