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義母

義母はわたしが末っ子を妊娠しているときに他界した。

Gsanとは7つ年下、職場恋愛で結婚したそうだ。

わたしが相方と出会ったころにはすでに持病を患っていて、晩年はコロコロと坂道を転がるように体調を崩し、遠く離れたまま何もしてあげられなかった。

3人の子どもを過保護に育てることが自慢の、大らかで甘々な人だった。

享年57歳(実年齢55歳)での他界は早すぎる。

義母が病院で最期を迎えたそのとき、大きなお腹のわたしは幼い上の子たちを病院近くの公園で遊ばせていた。

退屈して大人しくしていられなくなっていたので、外へ連れ出せと言われたのだ。

そして相方が迎えに来た。

嫁という名の他人のわたしは、義母の最後を看取る中に加えてはもらえなかった。

相方の家族と、伯父伯母たちが囲む義母のベッド。

その輪の中へ子どもたちは誘われたが、わたしは輪の外だった。

それでわたしは、ひとり病院の屋上へ出て義母に別れの挨拶をした。

悲しくて、とても寂しかった。

あの中で一番私に優しい人だったのだと、その時になってわかったからだ。

そう。相方より優しかった。

自分中心天動説の、Gsanの兄弟はみな長命で、つれあいは皆、先に他界している。

Gsanの兄弟はことあるごとに自分たちの長命を自慢するが、連れ合いの生気を奪い取る一族のような気がしてならない。
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